こんにちは。公認会計士GTRです。
監査法人日記シリーズを書いてる途中ですが、ふと気になるニュースがあったので書いてみます。
先日日経にこんな記事が出てました。
監査法人、交代制も検討 金融庁が年内にも統治指針 :日本経済新聞
近年の会計不祥事から、年々監査法人への世間の目は厳しくなっている感はあります。
特に、東芝の会計不正が出てからはすごく極端な意見もチラホラ見られます。
東芝の監査をしていた新日本監査法人に対しては業務改善命令に加えて課徴金21億円、3カ月の新規業務の受付停止の処分も出ました。
新日本については、数年前にオリンパスの事件の際にも業務改善命令が出ており、当初は新日本解体か!?などと言われていましたが、監査業界の人間は「新日本を潰したら多くの企業が監査難民となって日本経済にとって大打撃となるから、そんなことは不可能だ」という考えている人がほとんどだったのではないでしょうか。
実際、今の三大監査法人のどこかが潰れればその影響は計り知れないものがあります。監査法人に罰せられるだけの理由があったとしても、そのとばっちりを受ける被監査クライアントはたまったものじゃないでしょう。
ただ過去には中央青山やエンロン事件のアーサー・アンダーセンのように、実際に解散に追い込まれた監査法人もあるわけで、公認会計士としてその可能性は肝に銘じておかなければならないなと思います。
さて、そんなわけで新日本監査法人の解体には至らなかったわけですが、東芝事件の影響は大きく、より有効な監査を行うための制度改正が議論になっています。
そんな中出てきたのが上記の日経の記事です。
監査法人と被監査会社の馴れ合い防止のため、監査法人の交代制度導入を検討するという内容です。
まだ実際にどうこうという段階にはないですが、これについて現場の立場から一会計士の意見を書いてみようと思います。
Contents
監査法人交代制の実現可能性
まず、そもそも監査法人の交代制なんて可能なのかという点ですが、私個人の見解としては非常に難しいんじゃないかと思います。
交代制と言っても、大規模クライアントであれば監査が可能な法人は限られています。
ヨーロッパでは既に交代制が導入されているそうですが、実際に一斉に交代のタイミングが訪れたら相当混乱するんではないでしょうか。
監査法人交代制のメリット
では一旦実現可能性はおいておいて、監査法人交代制を導入した場合のメリットについて考えてみます。
メリット① 企業との馴れ合い防止
監査法人交代制の主要な目的、馴れ合い防止。
確かにこれは相当効果あると思います。
同じ会社に対し監査をしていると、人間同士の関係である以上会社の人とは仲良くなりmすし、少なからず情が生まれますし、油断も発生すると思います。
それが直接粉飾見逃しにつながるかはわかりませんが、監査法人が定期的に交代すれば関係が0にリセットされるため、馴れ合いは防止できると思います。
また、監査法人は被監査クライアントから報酬をもらっている以上、少なからず契約解除を恐れています。規模の大きいところだと契約解除は法人全体にとって死活問題だったりします。
「じゃあ監査法人替える」と言われのを恐れて、多少めを瞑るというようなこともなくはないでしょう。
正直に言って、この「被監査会社から報酬をもらう」ということが、監査における最大の矛盾を生んでいると思います。
どれだけ厳格な監査をやっても、誰からも褒められることも感謝されることもなく、直接報酬をもらう被監査クライアントからは嫌な顔をされるのです。
しかし、いずれ監査法人交代することが決まっているのであれば、契約解除を恐れることなく監査ができるでしょう。
メリット② 監査の質の向上
監査法人では、意見を出すにあたって、監査チームとは別の社内の第三者による審査を受ける必要があります。監査チームがずさんな監査をしていないか、監査意見が適切かをこの第三者の立場からチェックするのです。
また、通常の審査とは別に社内で業務審査や、公認会計士・監査審査会のレビューや金融庁による検査などで定期的に業務内容がチェックされます。
社内の審査は必ず全ての監査チームが受けることになりますが、審査社員も社内の人間である以上、完全なる第三者ではありません。
また、外部のレビューや検査は全ての監査チームが当たるわけではないため、第三者チェックは不十分なところがあります。
そのため、監査の質というのは必ずしも高い水準が常に保たれているわけではありません。
「ちゃんとやらなきゃいけないのはわかってるけど、実際問題期日までに間に合わない。とりあえず必要最低限のところだけやって、あとは適当でも何とかなるだろう」
なんてこと、実際にありますね。
なお、これは手抜き監査の場合もありますが、「リスクアプローチによる効率的な監査」という場合もあります。
しかし、監査人の交代が義務付けられれば、数年毎に監査の引継ぎで他法人に自分達の監査調書が見られるわけですから、あまり適当な監査は出来ないわけです。
そういう意味で、監査の質は向上するんではないかと思います。
メリット③ あるべき正しい処理に直しやすい
私も経験がありますが、監査人をやっていて言われて一番困る言葉がある。
「あの時いいって言いましたよね?」
この一言を言われると、監査チームは大変困る。
監査というのは会社を批判的に検討するだけでなく、会社に対し助言・指導することも求められる。
当然会社から会計処理方法を相談されることもあるし、監査チームの指摘で会社の処理を修正させることもあります。
しかし、監査法人の助言・指導により会計処理を変えさせたり、会計処理にOKを出しても、後からそれが間違いとわかることがあります。
そんな時、会社にそれを指摘しても「あのときこれで良いって言いましたよね?今更帰られませよ!」と厳しく反論されることが多いです。
会社の言うことはごもっともなのですが、とはいえ本来正しい処理に戻す必要があります。
しかし、実態としては「うちがOKした以上今更直せない」という判断のもと、誤った処理を容認することもあります。
もちろん「重要な虚偽表示」につながるものについては見逃すことはありえないのだが、金額的重要性や質的重要性がそこまで高くないものについては、ややグレーな処理については、実態としてそのような対応となることもあるのです。
しかし監査法人が交代すれば「以前の監査法人がなんと言ったかは知りませんが、これがあるべきなので直して下さい」ということが言いやすく、結果として間違った会計処理が是正させる機会は多くなるとお思います。
監査法人交代制のデメリット
さて、上記でメリットについて書きましたが、デメリットについて考えてみます。
デメリット① たまった知見がリセットされる
監査というのは、当然誰よりクライアントのことを理解する必要があります。
クライアントのことを理解した上で、リスクを識別し、そのリスクに対応した手続きを行うわけです。
しかし、数年毎に監査法人が交代するとすると、クライアントの知見がたまったところで交代となり、新しい監査法人は十分な会社理解の無い中で監査をしなくてはなりません。
会社理解が不足している中で、リスクを見落とし重要な虚偽表示を看過してしまうリスクというのは増すでしょう。
デメリット② あらゆるコストがかさむ
監査の初年度というのは、人、物、金、全てにおいて非常にコストがかかります。
監査の引継ぎに相当の時間と人手がかかります。
会社理解のための時間がかかるし、調書も0から全て作る必要がある。
内部統制のローテーションもできないし、監査手続も増える。
全てが初めての作業なので、監査手続き自体も時間がかかる。
会社とのコミュニケーションにおいても、前任監査人に何度も説明したものを新たな監査人に0から説明する必要があり、会社も時間がかかる。
とにかく、気が遠くなるほどコストがかかります。
監査法人としては当然それに見合った報酬をもらわないとやってられませんが、結局それを負担するのは被監査クライアントです。
一部の企業の不正を受けて、まじめな会社の負担を増やす制度というのは、どうなのでしょうか。
デメリット③ 監査の質が下がる
メリットのところには質が上がると書いたので若干矛盾しますが、これについては両方の側面があると思います。
監査法人にとって被監査クライアントはお得意様にあたるわけです。
監査の質が低ければ会計監査人の変更を言い渡されることもあるので、常に監査の質は意識しています。
また、監査は現場の人たちからすればわずらわしいことも多いと思いますが、批判的な検討以外に会社が監査人に求める期待もあるわけです。
難しい会計論点に対する助言指導機能の発揮、会社の内部統制を改善するようなアドバイス、会社をよく知る第三者である監査人ならではの意見…
監査人には独立性が求められるので出来ることは限られますが、こうした会社の期待に応えたいと多くの会計士は思っています。
監査契約に含まれていない部分でも、積極的に会社に対しバリューを提供したいと常に考えています。
しかし、そのうち交代して離れてしまうクライアントであれば、別に会社の期待に応えても応えなくても、どうせ交代するんだから一緒と考えてしまい、監査の質が下がることは十分ありえると思います。
また、監査と直接関係しない付随的なサービスも、必要最低限のことしかしなくなってしまう可能性が高いと思います。
会社からしても、質の低い監査法人と契約を切っても、監査法人交代制度によりまたその監査法人の監査を受けるタイミングが戻ってくるので意味がありません。
会社にとって高い報酬を払う以上、会社には監査法人を選ぶ権利があります。
まとめ
以上、監査法人交代制によるメリットとデメリットについて考えてみました。
正直、メリットよりもデメリットが多いと思いますし、そもそも実現不可能ではないかと思います。
あくまで、世間に対するポーズでしかないと思います。
こうした監査法人や企業をとりまく規制の強化の話題を目にするといつも思い出すことがあります。
それは生レバーが全面禁止された時のことです。
2012年から生レバーの販売が禁止されましたが、そのきっかけは某焼肉チェーンでおきた食中毒事件でした。
確かに痛ましい事件でしたが、それまで死亡例などもほとんどなく(多少あったのか、全く無かったのかは詳しくわかりませんが)、私の知る限りでは生レバーは危険な食べ物という認識はそれまで無かったと思います。
しかし、一件の事件が大きく世間に注目されたことで、必要以上の過剰な規制がなされ、それまで衛生的にレバーを提供して来た飲食店までを巻き込んで一律禁止という決定がなされたのです。
最近の会計不祥事もこれと同じような空気感を感じます。
数件の大きな不正事例が見つかることで、それ以外の健全な会社まで負担を増やす方向に規制がなされる。
そんな気もしてしまいます。
ただ、これはあくまで一会計士の意見に過ぎません。
社会の求める水準がそれだけ高まっているのであれば、規制強化は必要なことなのかもしれません。
一会計士の私にできることは、日々しっかりと監査をやることですね。
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