こんちには。会計士GTRです。
今回は内部留保について書きたいと思う。
過去にも何度か記事にて言及したこともあるが、内部留保について誤った理解で企業を批判している人があまりにも多い。
最近だと共産党書記局長の小池参議院議員がちょっと信じられないようなトンデモ理論を展開しており、もしかしたら本人はギャグで言ってるのかもしれないが、それを真に受けてしまっている人が少なからずいるようなので、これはいかんなと思ったためである。
小池議員のトンデモ理論のズレっぷりを説明しつつ、内部留保について簡単に解説していきたいと思う。
※記事内の数字の単位はことわりがない場合は十億円
Contents
小池議員のトンデモ理論とは
小池議員のトンデモ理論とは以下である。
共産・小池氏「トヨタ自動車の3月期決算を見てみたら、子会社も含めて連結内部留保は約20兆円。毎日1千万円ずつ使っていくとする。想像できませんが、使い切るのに5480年かかる。縄文時代ぐらいから使い始めて、ようやく最近使い終わる」 https://t.co/ygZiS0Gznl
— 小池晃 (@koike_akira) June 29, 2018
これはすごい。いったいどこからツッコめばいいんだ。
「内部留保は現金じゃないからそもそも「使い切る」っていう概念がないですよ」とかいう基本的なツッコミはもちろんある。
「既に色々使った後の金額が20兆円なので、これは株主に還元されるものですよ」とか当たり前のことも教えてあげたい。
ただまあそのへんは一般の方なら誤解してしまう部分もあるのでしょうがないとしよう。(国会議員なら知っててくれよ、とは思うが)
それ以上に気になるのは、「1千万円ずつ使っていく」という謎の前提。なぜか突然現れた謎の前提。
聞きたい。すごく聞きたい。この「1千万円」という謎の数値がいきなり現れた理由を聞きたい。正直意味がわからない。
なぜ年間29兆円を売上げ、27兆円を使う企業、1日あたりにおきかえれば740億円を使う企業を、1千万円という単位で図ろうとするのか、聞きたい。
1億円でもなく、100万円でもなく、1千万円をチョイスした理由を、聞きたい。
逆にその計算方法だと何年で使い切れれば妥当なのか、是非聴きたい。
そしてこれを聞いて「そうだそうだ」と賛同する人のロジックが聞きたい。一晩飲み明かして聞きたい。
そうか。きっとあれだ。兆とか億とかいう数字を理解することができず、万という単位でしか理解できないのかもしれない。
うん。確かに兆とか億だとなかなか馴染みのない数字で体感しずらいかもしれない。
ではもっと身近に感じられるように、これらの数値を一千万分の一に置き換えて身近な金額感にしてみると、こうなる。
「年収290万円、年間支出270万円の豊田さんの貯金を聞いてみたら、200万円貯金してるらしい。毎日1円ずつ使っていくとする。想像できませんが、使い切るのに5,480年かかる。」
もはや何を言っているのかわからない。なんだこれは。どういうあれなんだ。
「想像できません」というか、それを想像してなんか意味はあるのか。暇なのか。
暇で暇でしょうがないから、想像してみちゃったとか、そういうあれか。
この演説の中で、この数値を示しながら「大企業には十分体力はある。」と言っているらしいが、どういうロジックなんだ。
「弊社は年間270万円の支出がありますが、貯金が200万円あります。毎日1円ずつ使っても使い切るのに5,480年かかるので、弊社は十分に体力があります」という経理部長がいたら、クビだ。そんなやつは。辞めてしまえ。
内部留保とは
トヨタ自動車の内部留保を1千万円という尺度で図ろうとすることがいかに馬鹿げているか、少しはおわかり頂けただろうか。
ここで内部留保とは何か、簡単に説明しよう。
(そもそも内部留保とは会計や法律上の言葉ではない。従って定義も人によって若干異なったりするが、通常は利益剰余金のことを指すことが多いと思うので、それを前提に話す)
内部留保とは、簡単に言えば過去に獲得した利益の蓄積で、株主に配当していない部分と言える。
- 例:毎年1万円利益をあげる企業が、配当せず10年営業するとは累計獲得利益は10万円となる。そこから6万円を配当したとする。そうすると、内部留保は4万円となる。
内部留保が多いことを批判する人の多くが、内部留保=現金と誤解している。これは全くの間違いだ。
通常企業は何らかの投資をする。投資をすると、内部留保は(すぐには)減らないが、お金は減る。
- 例:100万の利益を得て、全額を来年売るための商品の購入にあてた場合、内部留保は100万円だが、手元資金は0円である。
トヨタ自動車の内部留保は本当に増えているのか
それでは、トヨタ自動車は小池議員に名指しで批判されるほど、お金を不当に溜め込んでいる企業なのか、具体的に数字を見ながら検討したい。
まず基本的なことだが、トヨタ自動車の内部留保は増えているのか、見てみよう。
ふむ。確かにトヨタ自動車の内部留保は増えている。
ここ10年間で7兆円増えている。
トヨタ自動車に内部留保と同じだけの現預金はあるのか
小池議員はトヨタ自動車の内部留保を指して、以下の発言をしている。
このお金を生かしたら、何ができるか。内部留保を賃上げに回す。正社員の雇用を増やす。そうすれば、トヨタの車はもっと売れるようになる。トヨタ自動車の未来を考えて、私は言っている。
断言したい。この人は絶対にトヨタ自動車の未来を考えて言ってない。絶対言ってない。
というか、理解できていない。
そもそも内部留保が「お金」ではないことを、理解できていない。
19兆円の内部留保を持つトヨタは、果たしていくらの現預金を保有しているのか、見てみよう。
なんと、19兆円の内部留保に対し、3兆円しか現預金を保有していない。
内部留保批判派は、企業の内部留保が増えていることをもって、まるで企業が現金をたくわえこんでいるかのような主張をしているが、これは明らかに間違いだ。
いかに利益をあげて内部留保が増えていようとも、投資にまわしている限りは内部留保は現金として手元には残らない。
小池議員がいう「このお金」とやらは存在しないのだ。
トヨタ自動車の現預金は増えているのか
では、トヨタ自動車の現預金は増えているのだろうか?
これもわかりやすくグラフで見てみよう。
確かにトヨタ自動車の現預金は増えている。2008年比で倍近く増えている。
但し、注意点がある。
増減とは、それ単独で見ても意味はない。
2008年が少なすぎて2018年が正常なのかもしれないし、2008年が正常で2018年が多すぎるのかもしれない。
もしかしたら2008年も2018年も少なすぎるかもしれないし、どちらも多すぎるかもしれない。
このあたりは会社規模の変化も含めて比較する必要がある。間違っても突然「1,000万円」という謎の単位を持ち出して比較してはいけない。
総資産、流動負債と比較した場合以下のようなグラフになる。
こうして総資産や流動負債と比較してみると、増減率の差はあれど、会社規模が大きくなっているから現預金も増えること自体は自然というのは直感的にわかると思う。
ちなみに、2018年におけるトヨタ自動車の当座比率は17.15%であった。また、月次費用の1.4ヶ月分の現預金を保有している。
教科書的に言えば、当座比率は100%以上で安全水準と言われるような指標であり、当座比率17%という数値から現預金が過剰であるとは言えない。
(当座比率17%とは、すごく簡単に説明すると来年返済・支払しなければいけない債務の17%の金額を手元資金として持っていることを意味する)
また、月次費用(簡便的に税金を除く総費用を12ヶ月で割ったもの)に対し1.4ヶ月という水準も一般的にはむしろ少ない水準と言えるだろう。
以上のような全体の数値との比較において、トヨタ自動車が過剰な資金を持っているという批判は的外れであると言える。
(もちろん上記の数値だけで判断すべきではなく、他の要因を根拠に判断することは十分ありえる)
トヨタ自動車は投資をしていないのか、株主に還元していないのか
最後に、内部留保の増加を批判する人が言う「内部留保が増えている=投資をしていない、株主に還元していない」という主張が正しいかを見てみたい。
これを調べるために、過去10年間におけるトヨタ自動車の資金の使い方をグラフで示してみた。(キャッシュフロー計算書から算出)
これは滝グラフあるいはウォーターフォールチャートと言われるもので、あまり馴染みのない人も多いかもしれない。
一番左が2008年時点の現預金を示しており、一番右が2018年時点の現預金を示している。
そして間のグラフが資金の増減を示しており、青が収入、赤が支出を示す。
式で表すと、2008年の現金 1,628+営業収入29,194ー投資28,625+資金調達41,015ー借入返済33,238ー配当6,822ー為替変動等100=2018年の現金3052、ということになる。
まず注目してほしいのは、営業収入29,194を、ほぼそのまま投資として28,625の支出にあてている点。
内部留保が増えていると、投資をしていないと勘違いする人も多いが、ご覧の通り投資をしても内部留保は増えるのだ。
トヨタ自動車は10年間で7兆円の内部留保を積みましているが、その間に29兆円を設備投資にあてているのだ。
また、配当も7兆円行っていることがわかる。
これらを文章で説明すると、以下のようになる。
「トヨタ自動車は10年間で29兆円の収入を営業活動から得ている。また、資金調達により41兆円の収入を得た。それらの資金のうち29兆円を投資に回し、33兆円を借入金の返済にあてている。それらを差し引いて残る8兆円のうち、7兆円を配当に回し、結果的に1.4兆円現預金が増え、3兆円が手元に残っている。また、内部留保は7兆円増え、19兆円となっている」
これが、トヨタ自動車についての正しい理解だ。
まとめ
トヨタ自動車という具体例を使って、内部留保と現預金の関係について説明してみた。
世の中にはトンデモ理論を唱える政治家やメディアも多くあるが、事実を事実として捉え、正しく理解して欲しい。
正しく理解した上で、ロジックを持って企業の内部留保を批判する意見ももちろんあっていいだろう。
がだ、誤った理解で声高に企業を批判することは、大変恥ずかしいことである。
それが一人でも多くの方に伝われば、幸いである。
最後におまけとして動画も作ったのでどうぞ。
>資金調達により41兆円の収入を得た。
内部留保にだまされる人たち向けの説明で、この表現はよくない。
サラリーマンやアルバイトの「収入」は給与所得であり、借入金ではないから。
財務キャッシュフローによる収入の話なので別に収入でもいいっすよ?
こういった演説の原稿はブレーンが確認するでしょうし、誤っていると分かって話しているんでしょう。その方が支援者にウケるんだ、国民はそういう話を求めているんだと。